大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所松江支部 昭和37年(う)57号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金弐万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金弐百五拾円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検事香山静郎の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意第一点(法令の解釈適用の誤)について

原判決は本件公訴事実中「被告人は原判示第一のとおり交通事故を惹起したのに、その事故発生の日時、場所等法令に定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである」との点について、道路交通法第七二条第一項後段の報告義務は同条項前段の救護等の措置を講ずる場合を前提として規定されたものと解すべきであつて、同条項前段の救護義務違反の罪が成立する以上同条項後段の報告義務違反の罪は成立しないとし、無罪の言渡をしたことは所論のとおりである。

よつて考えるのに、道路交通法第七二条第一項は車両等の交通による人の死傷、物の損壊があつた場合の措置として、その前段において、当該車両等の運転者その他の乗務員は直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講ずべき旨を定め、その後段において、運転者(運転者死亡等の場合はその他の乗務員)は右交通事故発生の日時、場所、右交通事故による死傷者の数、負傷の程度、損壊した物、損壊の程度、右交通事故について講じた措置を警察官に報告すべき旨を規定している。運転者に対し右の如き報告をすべき義務を課した所以は、これにより警察官をして速に交通事故の発生を知り、被害者の救護等についての万全の措置と交通秩序の回復について適切な措置を執らしめんとするにあるのであつて、同条項前段に定める運転者等による救護等の応急措置と相まつて、交通事故による被害の増大を防止し、交通秩序を回復することに遺漏なきを期しているのであり、また旧道路交通取締法施行令第六七条は、その第一項において、車馬等の操縦者等は交通事故の被害者に対する救護措置等を講ずべき旨を定め、その第二項において、前項の操縦者は「同項の措置を終えた場合において」事故の内容等を警察官に報告すべき旨規定して報告義務は第一項の措置を講ずることが前提であるかの如く表現していたのに対し、道路交通法第七二条第一項後段は特にこれを改めて「この場合において」という書き出しで前記の如き報告義務を規定しているのであり、これらの点を併せ考えると、同条項後段の「この場合において」という文言は、同条項前段の全文を受け、運転者等が負傷者の救護措置等を講じた場合を意味するのではなく、同条項前段中の「車輛等の交通による人の死傷又は物の損壊があつたとき」を受け、右の場合に報告義務のあることを定めたものと解するのが相当である。したがつて同条項前段の救護等の措置を講じたからといつて、同条項後段の報告義務を免れないのは勿論、救護等の措置を講じない場合においても、なお報告義務を負うものというべきである。

尤も、同条項後段は警察官に報告すべき事項として「当該交通事故について講じた措置」を掲げているけれども、これは右措置を講じた場合にその内容を警察官に知らしめることが、警察官をして前記の如く被害者の救護等につき適切な措置を執らしめるのに便宜だからであつて、運転者等において何等の措置も講じなかつた場合には、右事項を報告する必要のないことはいうまでもないところであり、右規定は救護等の応急措置を講じない場合においてもなお報告義務が存するものと解する妨げとはならない。さらに原判決指摘の如く、救護義務違反の罪に対しては、報告義務違反の罪よりも著しく重い罰則が設けられているけれども、これは悪性の程度等に差異があるからであつて、両者の法定刑に右のような軽重があるからといつて、これを前者の罪が成立するときは後者の罪は成立しないと解すべき論拠となすに足りない。

以上のとおり、道路交通法第七二条第一項前段の救護等の措置を講じなかつた場合においても、なお同条項後段の報告義務は存し、したがつてこれを怠るときは報告義務違反の罪が成立するものと解すべきであるから、これに反する原判決は法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条に則り原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い更に次のとおり判決する。

当裁判所の認定した罪となるべき事実およびその証拠は、次のとおり附加するほか、原判決摘示の事実および証拠と同一である。

第三、被告人は原判示第一の日時、場所において、第二種原動機付自転車を運転中、原判示の交通事故を惹き起したのに、その事故発生の日時、場所等法令に定められた事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである。

原判決認定の事実および右事実を法律に照らすと、被告人の原判示第一の所為は刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第二条第三条に、原判示第二の所為は道路交通法第七二条第一項前段第一一七条、罰金等臨時措置法第二条に、判示第三の所為は道路交通法第七二条第一項後段第一一九条第一項第一〇号、罰金等臨時措置法第二条に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により各罪の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し右罰金を完納することができないときは、同法第一八条により金二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審の訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 高橋文恵 石川恭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例